よく「秋の日はつるべ落とし」といわれますが、旧暦では9月のことを「長月(ながつき)」と呼びます。
これは、秋になり夜が長くなる月を意味する「夜長月(よながづき)」が短縮されたものです。
このことが、「秋の夜長(よなが)」といわれるゆえんです。
秋という季節は、色々な言葉で形容されますが、「読書の秋」というのもその一つです。
「秋の夜長」と「読書の秋」には、何か関係があるのでしょうか?
秋と読書の関係は
中国の唐時代に「韓愈(かんゆ)」という文人がいて、その人が作った漢詩に「灯火稍(ようや)く親しむ可(べく)く」という一節があります。この一節が「灯火親しむ」というフレーズに転じた訳です。
この漢詩は、「秋の夜は過ごし易いので、灯りをつけて読書をするのに一番適した季節である」という意味です。
陽が昇る朝や日中ではなく夜に読書を勧めるものですから、読書だけではなく勉強にも適しているという訓えかも知れません。
秋を形容する代表格の「読書の秋」というフレーズは、この韓愈の詩が由来の一つといわれています。
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読書の秋とは
「読書の秋」というフレーズは随分古くから使われていました。
「読書週間」という行事が始まる6年前、1918年(大正7年)9月21日の読売新聞の見出しに、初めて「読書の秋」というフレーズが使われています。
この新聞の本文には、
昼は水のように澄み切った日影の窓に夜は静かにして長い燈の下に読書子が飽く事もなく書に親しみ耽るシーズンが来た(後略)
と、記されています。
まさに、「読書の秋」というフレーズが世間に認知された瞬間です。
読書週間の前身
1923年(大正12年)「日本図書館協会」が総会において、事業の発展と宣伝のための標語募集と図書館日(デー)の設置を決議しました。
それにより11月1日~7日までの1週間を「図書館週間」の行事としてスタートしました。
この行事が後の「読書週間」の前身になった訳です。
活動内容は、講演会、展覧会、目録による良書の紹介及び図書館文庫の特別縦覧などです。
その後、1939年(昭和14年)から「読書普及運動」と改称し、期間が11月8日~12日までの5日間に短縮されました。ちなみに、この活動は1941年(昭和16年)に中止されています。
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読書週間の歴史
「図書館週間」の翌年の1924年(大正13年)、「日本図書館協会」が新たに11月17日~11月23日を「図書週間」に制定しました。
その後、1947年(昭和22年)、「日本出版協会」、「日本図書館協会」など30余りの団体が参加し「読書週間実行委員会」が結成されました。
第1回目の開催は、アメリカの”Children’s Book Week”にならい、11月17日~11月23日までの1週間でした。
ちなみに、第2回目の開催からは、「文化の日」を挟んだ10月27日~11月9日までの2週間に変更され、現在に至っています。
読書週間の変容
「読書週間」が全国的な活動として展開されたのは、戦後間もない1947年(昭和22年)です。
戦火の傷跡が残るなか「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」という決意の下、活動がスタートした訳です。
現在では日本の国民的行事として定着していますが、今後は電子メディアの発達によって活動が大きく変容しようとしています。
仮に、文字媒体がどんなに変わっても、読み手は人間であることには変わりがなく、人間の感性や想像力を育てる重要な役割を果たし続けることが期待されます。
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最後に
ここ10年位前から、文字媒体が「紙」から「液晶画面」に切り替わろうとしています。
確かに調べ物には随分と利便性が向上していることは否定できません。このまま技術が進んで行くと、身の回りから「本」がなくなる不安を抱くのは、私の思い過ごしなのでしょうか?
でも、やっぱり、読書の秋は、紙の本の方がしっくりくるような気がしますね。
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